『07.家族ぐるみ』より後の雰囲気です
「…もしや、君は…ミス・?」
「はい?」
名を呼ぶ聞き慣れない声に足を止めて、そちらを見る。
そこに佇むのは、紫の髪に菫色の瞳の甲冑をまとう男。
途端、ざわりと何かが背筋を走っては後退る。
「す、すみません、仕事がありますので!」
「あっ…」
ぺこりと頭を下げて踵を返し、その場から小走りに離れる。
呼び止める間も無く去って行くその背を、ランスロットはただただ見送った。
「おや、こんな所でどうしたのです?」
「! あぁ、いや…」
呆然としていたランスロットは後ろから声を掛けられて、 はっとして振り返り、そこにいる同僚に息を吐いた。
「ここには、も…いるのだな。少し驚いて…」
「貴方も気付きましたか。記憶はない様ですが、王とは仲睦まじくお茶をしたりしていますよ。相変わらず、ベディヴィエール卿とは話していますし」
「…そうか」
トリスタンの言葉に、ランスロットは軽く目を伏せる。
驚いたような目の中に一瞬浮かんだ怯えたような色は、きっと見間違いではないだろう。
自分が生前行った事を考えれば、当たり前の反応。
再度、小さく息を吐くと、トリスタンが少し首を傾げて思い出したように口を開く。
「あぁ、一つ忠告を。構い過ぎないように、と王からの通達です」
「変わっていないな、本当に」
「自分の職務に徹するが故の距離でしょうが、まあ、悲しくはあります」
ふぅと同じように息を吐いたトリスタンに、ランスロットも苦笑する。
「今、一番近しいと言えるのはガウェイン卿ですね。上手くやっているとは到底言えませんが」
「…そこも相変わらずなのだな」
弾む息を抑えもせず、廊下を行く。
相手が誰かもわからないまま思わず逃げ出してしまった。
けれど、まるで見知ったような反応。
今までの経験からなんとなく円卓の誰かなのだろうと推測するのは簡単だった。
彼らのあの気安さは何なのだろうか。
少し気を抜けば、あっと言う間に懐に入って来そうな雰囲気は、にとって脅威だ。
何故こんなに気がはやるのか。
どうして、こうももやもやとするのか。
アルトリアと接する時も、ベディヴィエールと話す時も、こうも気持ちが波立つ事はない。
ぐるぐると巡る思考に意識を占拠され、は頭を振った。
途端、躓いて転びそうになる。
「ひゃっ!?」
「おっと」
「っ、え、あ、クー・フーリンさん!?すみません!」
伸びて来た手に体を支えられ、相手が誰かを認識しては飛び上がった。
「おう、気を付けろよ、嬢ちゃん」
「はい、ありがとうございます」
気にした様子もなく笑うクー・フーリンにお礼を言えば、ぽんぽんと大きな手で手荒に頭を撫でられる。
「わわっ」
「…お前さんも難儀だなぁ」
「へ?」
乱れた髪を直していると同情するように呟かれた言葉に目をしばたたかせる。
クー・フーリンの視線が少し動き、それにつられて顔を上げる。
「」
耳に届いた声にそちらを見れば、険しい顔をしたガウェインが立っていた。
「騎士様のお出ましってな。嬢ちゃんの迎えか?」
「え、何を言ってるんです?そんな訳ないじゃないですか!」
目を丸くしたに肩をすくめて、じゃあなとクー・フーリンはひらひらと手を振って去って行く。
入れ替わるように近くまで歩み寄ってくるガウェインの雰囲気に気圧されて、は少し後退った。
「彼と何を?」
「は?」
質問の意味がわからず、首を傾げるとガウェインの眉根が寄る。
なんとなく咎められているような気がして、もさすがにむっとする。
「…責められる意味がわかりません」
「っ、それは…」
口ごもるガウェインに小さく息を吐いたは緩く首を振った。
「別にアルトリアさんの弱点とか…そんなのないと思いますけど…、そう言う話をリークしてはいませんから」
「え!?」
そう言う疑念を持ったわけではなかったガウェインが呆気にとられてを見るが、は視線をそらすともう一度溜め息を吐いて、すっと軽く頭を下げると横を擦り抜ける。
「仕事があるので失礼します」
足早に去るを呼び止める事もできず、ガウェインは、やってしまったと額に手を当てた。
見送るしかないその背に昔の姿が重なり、侍女の仕事着である長いスカートの裾が翻る幻影が見える。
王を支える兄妹として、同じ使命を帯びた同僚として気にかけたい。
けれど、今も昔も、それがにとって好ましくないのはわかっているはずなのに、つい深入りしてしまう。
そして時折、普段は穏和で控えめな彼女の機嫌を損ねてしまうのだ。
「ほら、言った通りでしょう」
「…あぁ」
「…………いつから見ていたんです、二人とも」
廊下の先から覗く頭二つに、ガウェインは深く息を吐いた。