「そこまででさぁ」
「ほぉ?」
上階に突如現れた気配と声の後ろで、かちり、と微かに聞こえた金属音に
は目を見開いた。
「っ総悟!上!!」
その声に瞬時に反応した沖田は、撃ち込まれた銃弾を寸でのところで避け、階下に飛び降りながらも担いでいたバズーカーを撃ち返した。
建物が崩れ落ち、舞い上がる土煙に視界を阻まれる。
を連れてそれを避けた高杉は、小さく息を吐くと掴んでいた
の腕を放した。
視覚がない分、ダイレクトに聴覚を刺激した爆発音と避ける動きに、軽い目眩を起こしていた
はその場に座り込む。
眉間に皺を寄せ、軽く頭を振る
の頬に手を伸ばし、高杉は身を屈めて耳元に口を寄せた。
「…お前があるべき場所がどこか、忘れんな」
「っ!」
さっと
から離れ、歩き出す高杉を別の気配が追う。
「っ晋助!!」
咄嗟に名前を呼んだ
は、立ち上がって後を追おうとするが、瓦礫に足を取られて地面に手をつく。
「
!」
「っ、副…長……?」
呼び止める声に、はっとして振り返るが相変わらず像を結んではくれない視界に、相手がどのような表情を浮かべているかはわからなかった。
それに対し、酷く憔悴した、情けない顔の
に、土方は一瞬顔をしかめる。
「土方さん、姐御は無事ですかい?」
「いきなりバズーカー撃ち込む奴がいるか!馬鹿野郎!」
「咄嗟だったんでさぁ。そっちもそろそろ崩れそうですぜ」
土埃の向こうから聞こえてきた声に、土方が怒鳴るが、ひょうひょうと続けられた言葉に舌打ちして、いまだ動けずにいる
を荷物のように担ぎ上げる。
その軽さに少し驚くが、そう言えば女だった、と若干失礼な事を思いながら、その場を離れた。
「あれ、姐御まだ目がダメなんですかい、それでよく気付いたもんだ」
「見え、ない、と、他の感覚、が鋭く、なる、ものよっ、ふく、ちょ、揺れが、、、気持ち悪…」
「うるせぇ!死ぬよりマシだろうが!」
ようやく頭が働き出したのか、呑気に話す沖田に答えながらも控えめに苦情を入れる
に怒鳴って、土方は崩落する音に急かされる様に走る。
「他の奴らの退避は!」
「とっくの昔に終わってまさぁ」
崩落地帯を抜け、外に出たところで足を止めた土方は、
を下す。
よろめいた
は、口元を抑えて、意識を散らすように頭を振った。
「っう、く…すいませ…。お手数おかけしました…」
若干顔色の悪い
を見て、沖田は肩をすくめる。
「泣くほど嫌だったんですかい?土方さんの肩は」
「ん?泣く?」
土埃に少し黒くなった頬に一筋の線。
は自分の手で目元に触れ、そこが濡れている事に初めて気付く。
「…あら?」
意識すればボロボロと流れ出す涙に、きゅっと唇を噛んだ
は、自分の頬に容赦ない平手打ちを食らわした。
後処理に追われていた隊員たちも、何事かと振り返るほどの音が響く。
「いった、い…うぅ…、よし、止まった」
「……」
ぐいっと、服の袖で目を拭って言う
に、二人は絶句する。
「男気が過ぎまさぁ…」
「泣いてどうにかなるなら泣いてるわ…。あ、ちょっと視力戻ってきた…かも?」
まだくっきりとした輪郭は捉えられないが、おおよその形は把握できるようになった視界に、
は何度か瞬きする。
「…それも踏まえてとりあえず救急隊に診てもらえ」
「それも?」
「首だ」
言われて確かめるようにそっと首に触れれば、ぴりぴりとした痛みが走った。
「おい、こいつ連れてけ」
「あ、は、はい!」
「え、これくらい別に…」
「いいから行け」
こちらです、と駆けつけていた救急隊員に促され、
は渋々歩き出した。
「戻りました」
「あぁ」
手当が終わり、屯所に戻った
は、報告をしに土方の元を訪れていた。
一つ頭を下げてさがろうとした
を、土方が呼び止める。
「
」
「はい?」
立ち上がりかけた姿勢を戻して、首を傾げれば、土方の目が射抜くように
を見た。
「奴に何を言われた」
小さく息を呑んで目を見開いた
は、少しの間の後、ふっと微笑う。
「お前の居場所はそこか、と。今更…どこに戻れるって言うんでしょうね…」
感傷的な色を滲ませた声に、目を細めた土方から視線を外して、
は続ける。
「正直言うと、無事でいてくれた事を自身で確認できて、嬉しかった。でも…悔しかった。あの人の側にいて、新たな道へ手を引けなかった事も、今日、あの人を止めれなかった事も…。晋助が怨嗟の闇に落ちていくのは、必然だったのに」
こうなる事など、わかっていたはずだ。
共に戦い、ずっと見てきたのだから。
「きっと銀時や私の声は…、いえ、もう誰の声も届かない。まあ…元から聞くような人でもなかったけれど」
自嘲気味に笑って、首の包帯に触れた
は、ふぅと溜め息を吐く。
「いっそ…目の前で死んでやればよかったのかしら。そしたら諦めもつく」
「お前…」
険しい顔をする土方に微笑って、本気ではない、と
はゆるく首を振る。
「残念ながら、…生きてるんですよね」
どこか言い聞かせるような声音で言う
の表情は、酷く穏やかで、逆に違和感を覚えた。
「生きてるんです、私も…晋助も…。今はそれでいいと…思います」
「……」
黙っている土方にすいと視線を移した
は、一つ深い息を吐いて、ゆっくりと口を開いた。
「副長、お願いがあります」
『もし…もしも、私が高杉に捕らわれる事があったら…容赦なく見捨てて…いえ、殺してください。私の甘さのせいで、こんな事を頼むのは心苦しいですけど…』
あちらに落ちればきっともう戻れない、と告げた
の顔を思い出す。
なんだかんだ言いつつ、いまだ銀時にも気をかけていたり、桂の逃走劇の際も結果を聞いて苦笑いを零す
のこと、技量的な事だけでなく、そこにはきっと情もある。
自分から手を差し出すことはないが、腕を引かれてしまえば、
としても強く抵抗はできないのだろう。
それこそ、わざわざ餌を撒いてまで接触を図った事から、高杉の本気度も見て取れる。
敵対する気はなくとも、取り込まれてしまえば、そこに
の意思が加味される事はなく、それはもう真選組の敵だ。
ただ、普段から
の手腕を知っているが故に、あの獣を前に立ち上がれる者もそうはいない。
だからと言って、
を屯所に押し込めるわけにもいかない。
頭の痛い事態に、土方は溜め息を吐くしかなかった。
(わかっちゃいたが…ほんととんでもねぇ)
とりあえず、今日の報告をまとめて行うべく、土方は立ち上がると近藤の元へと向かった。
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