「わぁ、いい匂い!色々あるのですね!あちらのもとても美味しそう」
「お嬢様、あまり買い食いをされますと今日の食事に影響が出てしまいます」
松蔵が困った顔で苦言を呈せば、姫は残念そうな顔になる。
「では、私と半分こに致しましょうか。それなら少しずつですが色々なものを楽しめるでしょう?」
が即座に提案すれば、ぱっと顔を輝かせた姫は、松蔵を振り返る。
諦めたように小さく頷いた松蔵は懐から財布を出した。
「私が買ってまいりますっ」
「あぁ、ひ…お嬢様」
さっさと財布をとって、店員に駆け寄っていく背を不安げに見送った松蔵の横で、
はすいっと周囲に意識を向ける。
「毒見はこれで問題ありませんね?」
「!」
姫から視線を外さぬまま、そっと
が隣の松蔵に囁く。
驚きに目を見開いた松蔵は、思わず
を見た。
「姫を無事に帰す。それはこういう事も含んだ任務にございましょう?」
何を驚いているのやら、と言う顔で続ければ、松蔵は絶句する。
「姫はどうお考えかしりませんが、そちらの思惑は真選組の内部調査も兼ねているのでは?」
「っそのような…」
「…まあ、そういう事にしておきましょう」
噴出した冷や汗をハンカチで拭く松蔵を尻目に、
は団子の乗ったトレーを手に嬉しそうな顔で戻ってくる姫を迎えた。
「本日はありがとうございました」
迎えの車に無事、姫を乗せ、松蔵は頭を下げる。
「いえ、こちらこそごちそうさまです。特に何もなくてよかった」
姫に付き合ってあれこれと食べる事になったので、若干食べすぎを不安に思いながら
は言う。
車中から手を振る姫に手を振り返しながら、この後どうするか、と頭の片隅で考える
に、松蔵が口を開いた。
「あの、折り入って一つお願いが…」
「なんでしょう?」
「ぜひ、うちに来ていただけないでしょうか」
「は?」
本題は真選組自体ではなくこっちか、と内心舌打ちをし、渋い顔をした
に松蔵は食い下がる。
「今日の姫様のご様子、今までにないものにございました。真選組局長がトップクラスと謳われる剣技に、細やかな心遣いができる人材。報酬は弾みます。姫様の為にも、ぜひ」
「それは――」
「
」
まさか断るまいとでも思っていそうな松蔵の様子に、一瞬不愉快そうな顔をして口を開きかけた
は、後ろからかけられた声に振り返る。
「副長?」
「次の仕事だ」
「あら、今日は引っ張りだこですね。でもちょうど良かった、いい腹ごなしになりそう」
少しほっとしながら、土方に返事をし、何か言いたげな顔をした松蔵にすいっと視線を戻す。
「折角のお話ですが、お断りします」
「なっ」
「貴方は私の本性を知らなさ過ぎる。血臭のする獣を姫の側に置きたいですか?外面はよくとも私はまがりなりにも真選組。狂犬の手綱を握れるのは、最悪狂犬を殺してでも止める覚悟のある者のみ。あなた方では無理でしょう」
「貴方が…狂犬だと?」
一転して怯んだ声で問えば、すっと口角を引き上げた
に、松蔵は何かが背筋を走るのを感じた。
「自分で自覚している程度には」
目を細めた
は、笑みを浮かべたままなんでもないように答える。
垣間見えた牙の一端に、松蔵は言葉を失った。
「今日この短時間で何を見てお声かけいただいたのかわかりませんが、ご自分でおっしゃったでしょう、人は見た目で判断できぬ、と。私は大人しく姫のお守りだけをできる人間ではありません。忠犬をお探しなら他をお当たりくださいませ」
それでは、ともう一度会釈をして、松蔵の前から去る。
車に向かって既に歩き出していた土方に追いつき、ちらりと横目で見上げれば、目が合った。
「…良かったのか?」
「何がです?」
「姫の護衛となりゃ、将来安泰だろうが」
「刀を握り直した私が、今更ぬるま湯の生活に満足するとでも?」
炊事班のままだったら考えてたかもしれませんね、と薄く笑う
に、嘘を言っている雰囲気はなく、土方は内心ほっと息を吐く。
「安心しました?」
「っな、ばっ」
「あら、わざわざお迎えにいらしたし、会話を遮られたんで、てっきり釘をさされたのかと」
ころころと笑う
に舌打ちして、土方は煙草を噛む。
「…うちの最終兵器だからな」
「まあ、これだけ合法的に暴れられる環境なんてそうそうないですし、わざわざ新しい場所に行く必要性を感じてないので。深窓の令嬢の護衛なんて実戦少なそうなとこ選びませんよ」
「お前、捜査対象をサンドバッグか何かと勘違いしてねぇか?」
「叩きのめす相手、として違いなんてあります?」
「…ほどほどにしてくれ」
認識を正せ、とは言わない土方に、ふふっと笑って機嫌よさげに
は歩く。
「そういえば、次の仕事は?」
「前々から査定してた奴のアジトに乗り込む。テロを企ててる確証が取れた」
「やっぱりサンドバッグでよくありません?っ痛」
真顔で言った
の頭に手刀を落として、土方は溜め息を吐いた。
「さっさと乗れ」
「了解」
さっと助手席に乗り込んだ
は、ふと気付いたように土方を見る。
「屯所には寄っていただけるんですよね?」
「あ?」
「この格好でやれと?刀も短刀ですけど?」
見せるように軽く両手を広げた
の着物の袖が揺れる。
「…囮役でもするか?」
「それもう囮って言うかただの罠ですよね、多少は有効かもしれませんけど、久々の前線で獲物前に大人しくしてると思います?汚れたら弁償してくれるっていうなら構いませんけど」
にっこり笑顔の
に、小さく舌打ちして時計をちらりと見た土方は、一瞬眉間に皺を寄せるが車を出した。
キキッと音を立てて屯所前で止まった車から、
が素早く降りる。
「5分で戻れ」
「無茶言いますね!?」
後ろから投げられた言葉に抗議の声を上げながら、
は屯所に足早に駆け込む。
この時ばかりは、離れにある自分の部屋の遠さを恨んだ。
部屋に入り、さすがに着物を脱ぎ捨てるわけには行かず、袴と着物をきものハンガーにかけ、とりあえずシャツとズボンを身に付けるとジャケットを掴んで部屋を出る。
メイクを落とす余裕も髪を直す時間もないので、そのままだ。
靴も脱ぎっぱなしだったショートブーツに足を突っ込み、車に戻る。
「やれば出来んじゃねぇか」
「いや、できてませんからね?」
はっきり言って、身だしなみが整った、とは程遠い状態に、発進した車の助手席でブーツのチャックをあげながら
は口元を引きつらせた。
シャツの袖のボタンを止め、ジャケットを羽織り、乱れた髪を簡単なものに結い直してから、はっとする。
「あっ」
「なんだ?」
「刀持ってませんね私」
「はぁ!?」
怒声に近い声を上げる土方に、引きつった笑みを浮かべて、
はホールドアップする。
「いや、はい、大丈夫です、向こうで適当に奪います。と言うか、私の刀…部屋になかった…ような?」
部屋の光景を思い出すように少し視線を上にあげて
は首を傾げた。
短刀を置いた時、視界に入った記憶がない。
うーん、と考え込む
をちらりと見て、土方は溜め息をつく。
(適当に奪うっつったかこいつ…)
人のことを言える立場でもないのだろうが、やっぱこいつ頭おかしい、と言う感想を土方は抱いた。
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