※『選べない、選ばない』の後日設定です。
「王様、一つご相談が」
すすすっと音もなく近付いて来た立香に、ギルガメッシュは怪訝な顔をする。
「これにご興味は」
立香の手には何か液体が入った小瓶。
それはなんだと視線で問うと、にぱっと立香が笑みを浮かべる。
「サーヴァント用の“栄養剤”を人も飲めるようにしてもらったんですよ」
「ほぅ?」
栄養剤と言えば、思い当たる出来事。
それを人用にしたと言う事は。
「ただ、効果は短くなってるみたいだけど」
続く立香の言葉に、真紅がすっと細まった。
こうして自分に話を振ってくると言う事は、対象は一人しかいない。
「して、どうやって飲ませる気だ」
「え?普通に?」
「馬鹿者、さすがのあれでもそのような迂闊な事はせんだろう」
呆れたように言うギルガメッシュに、それもそうかと立香は首を捻った。
「休憩の差し入れとして他の飲み物に混ぜ込む…?」
「ありきたりではあるが…まあ、それしかなかろうな」
よし準備だ、と立香は楽しそうにギルガメッシュの前から立ち去った。
「皆に差し入れで~す」
ワゴンを押して管制室に入って来た立香に視線が集まる。
「焼き菓子とお茶があるので、好きなのを取っちゃってくださーい」
おぉ、と嬉しそうなどよめきが広がり、少しずつ人が集まり出す。
二人分をセットしてトレーに乗せ、立香はその場を離れた。
集中しているのか端末に視線を落としたままのとギルガメッシュのいる席にさっさと近寄る。
「はい、王様とさんの分」
「! ありがとう、珍しいわね」
「ちょうど焼けたから持って行けって言われちゃって」
紅茶とお茶請けの焼き菓子をテーブルに置きながら立香が言う。
端末から顔を上げたはなるほどと微笑った。
手を止めて温かな紅茶に口を付け、こくりと飲み込めば立香の目がきらりと光る。
「ん?何?」
「な、なんでもないよ?」
不思議に思って聞くが立香は激しく首を横に振って他の人へと配るべく離れて行った。
「」
「! はい?」
何か様子が、と思っているとギルガメッシュに呼ばれる。
意識をそらされたはそのまま仕事へと戻って行った。
しばらくして空になったカップと皿を手には立ち上がる。
「美味しかったわ。ごちそうさま」
「あ、うん…」
ワゴンに食器を返しながら言えば、じっと立香に見詰められる。
「さっきからどうしたの??」
「あ、う、えっと、…何とも、ない?」
「え?」
歯切れの悪い立香に首を傾げた途端、どくり、と鼓動が一つ耳元で鳴った気がしては動きを止める。
「え、あ…」
ぐにゃりと視界が歪み、咄嗟に足を踏ん張って目を伏せる。
しばらく酩酊したような状態が続き、軽く頭を振って目を開けるとすぐそばに人影があった。
「「え…?」」
「ふむ、上手くいったらしいな」
目をしばたたかせていれば、少々楽しげなギルガメッシュの声が聞こえる。
その言葉の意味を理解する事もできず、ただただそこにあるものを凝視する。
目の前にいるのは――自分だ。
ひゅっと息を吸う引きつれた音が耳に届く。
お互いに顔を見合って立ち尽くしてる二人のは、カツリと一歩踏み出したギルガメッシュの足音に同時に肩を震わせた。
確かめるように伸ばされた手に、咄嗟に後退ったと、それを見ていたの目が揺らぐ。
「あ、さん!」
踵を返し管制室を駆け出して行くに慌てて立香が声を掛ける。
だが、その後を追って、もう一人のも出て行ってしまった。
「……」
「…ご、ごめん、なさい」
何か言いたげに見てくるギルガメッシュに、立香は頭を下げる。
駆け出して行ったの顔は、ひどく傷付いたものだった。
そして、追い掛けるも辛そうな表情で。
ただ逆パターンを見たかっただけなのだが、思わぬ事態に自分の考えの浅はかさを後悔する。
「…動揺、混乱、と言ったところか。それと……」
唐突な出来事に静まり返る管制室に、ギルガメッシュの呟きが響く。
ふぅと息を吐いたギルガメッシュは何か考えるように顎をしゃくり、すぐに立香を見た。
「雑種――」
あてなく駆けて、人気のない静かな場所で立ち止まる。
後ろから追って来ていた足音も止まり、振り返れば鏡合わせのような自分の姿。
きっと今自分も同じような情けない顔をしているだろう。
歩み寄り、何度か躊躇った後口を開く。
「…どちらが選ばれたって、私は私。でも……」
「私は貴方じゃないし、貴方は私じゃない」
「私じゃない私に触れるギルを見るのは…」
声が震えてしまい、思わず唇を噛む。
自分である事は変わり無いのにどうしてこうも心が波立つのか。
同じような表情をした自分に手を伸ばし、二人してぽろぽろと涙を零してぎゅっと手を握り合う。
どちらであってもどちらもつらい。
ならばいっそ、選ばれない方がいい。
どちらも選ばれなくていい。
「ここにおったか」
聞こえてきた声に目を見開いてそちらを見る。
近付いてくるギルガメッシュに、互いに取り合った手に力を入れて二人は身をすくませた。
その様子に呆れたような表情でを見たギルガメッシュの視線がふと動く。
「見付けたのならこちらにも伝えよと言っておろう」
「喧しい、我も今着いたところだ」
更に後ろから聞こえた声に、慌ててそちらを見ればそこにもギルガメッシュがいた。
「「え…」」
思わず言葉が零れ、涙も止まる。
呆然と瞬きを繰り返していると腕を引かれた。
「あっ!」
「っ、ひゃ!」
抱き上げられるもう一人の自分を目で追えば、己も後ろから伸びて来た手に捕えられた。
「え、え??」
おろおろと視線を行ったり来たりさせるにギルガメッシュが不敵に微笑う。
「言ったであろう、どちらも我のモノだと。どちらか選ぶ気など毛頭ないが、互いを気にしたのであろう?選ばれぬ貴様を作る気もないからな」
「だ、だからって…」
なんでまた二人に分裂しているのか、とは以前の記憶が蘇って顔面蒼白になる。
時間が経てば解消されたであろうし、わざわざ状況を悪化させる必要はなかったはずで、思わずもう一人の自分を見れば同じような表情でこちらを見ていた。
先程までの悲壮感とはまた違う感情。
((…逃げ出したい))
思う事は同じ。
だが、それができない事もわかっている。
そして、恐らくこの後どうなるかも。
見つめ合った二人は同時にごくりと息を呑んだ。
「そちらのも寄越せ」
「何を言う、貴様こそその手を放せ。我のモノぞ」
バチバチと火花を散らし言い合う同じ顔、同じ服の人物と、その人物のそれぞれの腕の中で半泣きになっている同じ顔、同じ服の人物。
「……」
「なんだ、この地獄絵図」
たまたま通りかかった藤丸とクー・フーリンは、目の前の惨状に口元を引きつらせた。
「あ、やば」
後ろから聞こえて来た声に振り返れば、へらりと誤魔化すように笑顔を貼り付けた立香が立っていた。
「おいおい、またなんかやったのか、マスター」
「……え、えぇっと」
視線を泳がせる立香の肩をがしっと掴んで、藤丸は笑顔で言う。
「詳しく、説明を、聞こうか」
が率先して“あれ”を口にするとは思えない。
となると原因は考えるまでもない。
そして、前回の騒動で大いに痛い目を見た。
それをこの妹は全部わかっているはずで、また何故やろうと思ったのか。
「……」
「…………ごめん」
無言の圧力に負けて素直に謝る立香の頭に、藤丸の手刀が容赦なく落ちた。