ギルガメッシュに謁見した者達の視線が、少し離れた所にいる人物を捉えて二度見する。
華美ではないものの、見目麗しく着飾られたその女は、ひたすらに文字を書き付けているようだ。
「ねぇ、ギル、これって私がやってて良い仕事なの…?書記官とかは…」
「暇だと言うからだ。――次!もたもたするでない!」
入れ替わり立ち替わり、途切れる事なく続く謁見に、流石の
も疲れた顔になってくる。
普段はデジタル処理のところ、久々にアナログな作業な事もあり、
は何度か手首をほぐすように振った。
(この短時間で文字を覚えたのは褒めてほしいわ…)
言葉はどんな作用か問題なく通じるものの、文字まではそうも行かず、手習いを渡された時はどうしようかと思った。
また一人、謁見を終えて出て行くのを見送り、ふぅと息を吐いた
を横目で見ていたギルガメッシュは、少し目を細めて、すっと立ち上がる。
「
」
「何?」
呼ばれて顔を上げた
は、手招くギルガメッシュに首を傾げながらも立ち上がってそちらに向かった。
ギルガメッシュは手の届く範囲まで来た
を引き寄せると、手にしていた筆記具を奪って、ぺいっと椅子の上に投げる。
「あ?ちょ、ちょっと、まだ書きかけ…っ」
困惑する
を抱き上げ、歩き出したギルガメッシュに、入って来かけた次の謁見者が慌てて道を開ける。
「しばし空ける。話は後にせよ」
「っえ、いや、ギル?」
膝上から臀部までを片腕に据えるように抱えられては無理に動く事もできず、
は肩に手を置いて少し身を起こすと真紅を見下ろした。
「民の声を聞くのが仕事であるなら、これも仕事の内だ。腹をくくれ」
「何を言ってるの?」
怪訝な顔をする
に口角を上げて、ギルガメッシュは外へ繋がる出入り口へと向かう。
通りすがりに出くわした人々は目を丸くした後、穏やかな笑みを浮かべて見送った。
「…ギル、視線が居た堪れない」
「気にするな」
素直に訴えたものの、あっさり切り捨てられて、
は眉根を寄せる。
近付く外光に目を細めれば、ざぁと風が強く吹き込んでくる。
「え、まさかこのまま市井に出る気じゃないわよね」
「腹をくくれと言った」
「!?」
ギルガメッシュの答えに目を見開いた
は咄嗟に逃げかけるが、それより早くギルガメッシュは外へと一歩踏み出した。
騒めきと活気が満たす通りを一望できるそこは、ある意味何処からも丸見えだ。
「っ、せめて自分で歩かせてくれないかしら」
「逃げぬと言う保証は」
「どれだけ信用ないの…」
「昨日、窓から跳んだのはどこの誰だ?」
ギルガメッシュの切り返しに、うっ、と詰まった
は、何も言えなくなる。
通りまで降りてしまえば、あらまあ、とそこかしこから声が上がった。
好奇と羨望、そして親愛。
様々な感情の混じる視線に晒され、
は居心地悪げに体を強張らせた。
「あ、王様、
さーん!」
食材を覗いていたらしい立香達が気付いて、手を振ってくる。
「珍しいね?」
そばにいても、普段からあまり寄り添うという事をしない
が大人しく抱き上げられている光景に立香が言えば、
の目が澱む。
「いや、降りたい…んだけどね」
口籠もりながらちらりとギルガメッシュを見るが、ふんと鼻を鳴らされる。
どうあっても降ろす気はないらしい。
はは、と苦笑した藤丸に生温い笑みを向ければ、視線をそらされた。
「あ、そだ、
さん、あのね」
「そうでした。凄いものがあったんです」
ごそごそとポケットを漁る立香の横で、ぱっと顔を輝かせたマシュも興奮気味に言う。
「?」
「これこれ、じゃーん!」
「――ゴホッ」
目の前に突き出されたそれに、
は咽る。
白い衣服をまとった人物が何か獣に乗っているその絵は、どう控えめに見ても昨夜の自分だった。
「これ、
さんだよね。ウルクの人仕事早いよ」
「即興の割にはよくできているではないか」
「っギル!」
それ見たことか、と言わんばかりに口角を上げたギルガメッシュに
は抗議の声を上げた。
「さすがに広いわね」
なんとか市井から戻り、出入口の両脇に立つ兵が敬礼する中、入った部屋はまごう事なき王の部屋だった。
天井高く、豪奢なそこは、一家族程度なら余裕で暮らせる広さだ。
「なんだか部屋という感じは薄いけれど、権力者の部屋とはこう言うものかしら。声が響くわ…聖堂みたいね、これだけ反響するとなんだか少し落ち着かないけれど」
天井を仰いで、感嘆するようにほぅと息を吐いた
の髪がさらりと流れる。
「王の寝所から何が聞こえようが今更気にする奴はおるまい」
ギルガメッシュの何気ない言葉に目を見開いた
は、血の気が引くような、冷や水を浴びせられたような感覚に陥った。
顔色を無くして、唐突に身を強張らせた
にギルガメッシュは怪訝な顔をする。
何事かと伸ばした手は、反射的に避けるように動いた
には届かず、空を切った。
パンッと何かが弾けるような音がして、我に返った
は、驚いた顔で見て来るギルガメッシュに表情を歪める。
「っ、ごめんなさい…」
謝りながらも酷く傷付いた顔をして、身をすくませた
はギルガメッシュから視線をそらすと、そのまま身を翻して部屋を駆け出して行く。
ギルガメッシュは弾かれた己の手を見下ろし、魔力の片鱗で少し痺れるその感覚に眉をひそめた。
(何を…傷付く事があるんだろう…)
一人、街を出て、ウルクを一望できる高台まで来たルカが、はぁと息を吐いて空を仰ぐと目尻からぽろりと涙が零れる。
「愚かね…
。人の営みがあるからこそ、今の世に繋がっているなんて、当たり前の事でしょうに」
自嘲するように呟けば、胸がぎしりと痛む。
薬指に光る金色をするりと抜いて、握り込むと俯いた。
珍しく驚いたような表情を浮かべていたギルガメッシュを思い出して更に苦しくなる。
「…こんな…こんな醜い感情を得るくらいなら…モノのままでいたかった…」
言葉を吐き出した
はその場にしゃがみ込んで、膝に顔を埋める。
耐え切れなくなった小さな嗚咽が漏れ、
の肩が震えた。
ふと場に満ちた魔力に、
は零れる涙もそのままに勢いよく顔を上げる。
強い風が吹き付ける中、立ち上がって振り返れば、上から影が降って来た。
「昨日の今日で一人になるなんて、一体どう言う…って、えぇ?ちょっと!貴方なんで泣いてるのよ!」
「…イシュタル」
驚いて目を見開く女神に、
は立ち尽くしたまま名を呟く。
焦ったように近寄ったイシュタルは、手を伸ばした。
「あぁもうほら、こっち向きなさい」
ぐいっと頬を包んで向き合うと、指で涙を拭う。
赤くなった目尻は痛々しく、眉をしかめたイシュタルは苛立ちを隠す事なく口を開いた。
「何?アイツに何かされたの?」
イシュタルの言葉に、違うのだと
は首を振る。
「いいえ、これは…私自身の…」
否定しながらも、ぽろぽろと涙を零し続ける
に、イシュタルは怒りの声を上げた。
「あのねぇ!女が泣いてるのを放っておくってだけで罪よ!と言うか、ここまで目をかけながらこの状況を放置するって何を考えてるの!?…いいわ、私に考えがある」
の手を引いてずかずかと歩き出したイシュタルは、マアンナに乗り込む。
「え…?」
「いいから、飛ぶわよ!」
空へと舞い上がった天の舟に、
は止める間も、なす術もなく連れ去られた。
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