ぐらりと傾いだ
の体がギルガメッシュの肩にもたれかかる。
それを横目で見て、手から零れかけた端末を取り上げ、机に置くと、体をずらして横にならせた。
膝に乗った頭を撫でれば、小さく身動いだが起きる気配はない。
「あれ、
ちゃんは寝ちゃった?」
気付いたロマニが声をかければ、ギルガメッシュは緩く首を振る。
「良い、起こすな。これの仕事は我がやる。こちらに回せ」
「はいは~い。じゃあそっちにデータを転送させてもらうよ」
ダ・ヴィンチは言いながらいくつか指示を出して、データが送信された事を確認すると、ふぅと息を吐いた。
そして、
の顔を覗き込んで微笑う。
「よく寝てるねぇ…。珍しい」
「昨夜は定期供給の日であったか。一体どれほど喰わせたのかは知らんが、今回は回復に時間がかかっているようだな」
ギルガメッシュが言えば、頭をかきながらロマニは困った表情を浮かべた。
「無理をしてもらっているのはわかってるんだが、あちらとの接触も予測ではもう後数時間と目前だし、サーヴァントも増えているから、こちらもジリ貧でね…」
「ふん、此奴は口が裂けてもつらいなどとは言わんだろうよ。これが役割だとな。健気なものだ」
さらりと
の髪を梳いたギルガメッシュは鼻を鳴らす。
「そう言いつつ、満更ではなさそうな顔だね、ギルガメッシュ王」
「足掻けと言ったのは我だからな。見合う働きをしているのなら褒めるに値する」
可笑しそうに言うダ・ヴィンチを見れば、ご馳走さま、と肩をすくめられる。
途端、ギルガメッシュの目がすぅっと細められて、口角が上がった。
「勘違いするでないぞ、これを喰い殺す事は許さん。我が宝物庫に取り込めばパスも消え去る、心して使うが良い。して、この数値はどうなっている?ここにこのようなリソースを割けるほど余力はあるまい」
「おぉっと、これは藪蛇だったかな?」
「まったく…どれもこれも、一人欠ければ傾くような運用で良くぞここまで来たものだ」
眉間に皺を寄せて、呆れたように言うギルガメッシュに、ロマニとダ・ヴィンチは苦笑するしかなかった。
ぱちっと目を開いた
は、視界に映る横倒しの景色を眺めた後、一瞬の間を置いて勢いよく起き上がる。
「え?ん?えっ!?」
「やかましい」
「わっ」
ぐいっと頭を押されてギルガメッシュの膝に逆戻りした
は目を白黒させる。
「ちょ、どうなって…」
状況が把握できずにギルガメッシュの顔を見上げれば、ちらりと視線を向けられたかと思うと視界を手が覆った。
こんな人の多い所で眠ってしまった事自体、本来なら在り得ない。
「っ、ギル?」
「本調子でない事など誰が見てもわかる。大人しくしていろ」
そんなに酷い顔をしているのか、と思いつつ、如何せん体勢が気になって仕方ない
はギルガメッシュの手に触れた。
「いや、あの、だったら部屋に戻――」
「王たる我の膝が不服と」
「人の目を気にしていただけます?」
困ったように言いながら、そっと手をずらし起き上がると、ぐぐっと伸びをした
は息を吐いた。
いささかむっとした表情のギルガメッシュが
の頬に触れる。
びくりと反応した
は、近付く顔に少し目を見開いて、ギルガメッシュの口を指先で押さえて止めた。
「…人の話聞いてました?」
「手っ取り早い回復手段であろう。それに、先にここで寝たのはお前だ」
「そ、それとこれは違うと思うんだけど」
ふいっと視線を泳がせて、そそくさと距離を取り、端末を手に立ち上がった
は、ロマニとダ・ヴィンチに声をかける。
「ごめん、役に立ちそうにないから自室に戻るわ。もし何かあったら呼んで」
「おや、もう良いのかい?随分安眠できてたようだけど」
「っ、ダ・ヴィンチちゃん!」
にやにやしながら言われた言葉に、
は顔を朱に染めて恨めしそうに名を呼ぶ。
しかし、寝てしまっていた事は事実であり、返す言葉もない
は、もうっ!と悔しげに呻いて部屋を出て行った。
「……出来れば…連れて行って欲しかったなぁ」
不機嫌なオーラを漂わせるギルガメッシュの方を見る事もできないロマニの呟きに、見ない聞こえないに徹していたスタッフ達が内心で大きく頷くのだった。
目の前に広がる花畑。
柔らかな風が髪を揺らして、
はそれを手で押さえた。
真っ青な空を見上げた琥珀色の目がすっと閉じられる。
「…マーリン」
小さく息を吐いて呼べば、ふわりと風が吹いた。
「おや、もうバレてるのかい」
姿を現したマーリンに、やれやれと溜め息をついた
は振り返る。
「あのね、さすがの私でも寝惚けてもこんな所に迷い込まないわよ。それに…私が自分で外すはずはないもの」
そっと右耳に触れた手に当たるものはなく、少し不安になる。
その動きを追って、なるほどとマーリンが頷いた。
「ん、ちょっとご遠慮願ったんだ」
「そんなに怖い?」
「君に関しては、容赦がないからねぇ」
小さく笑うマーリンに、それで、と
は首を傾げた。
「接触まで後数時間…このタイミングで、わざわざこんな事をして、何の御用?」
「少し話をしたいと思ってね」
「…そう言えば、最近あちらでもあまり会わなかったわね」
思い返してみれば、いつも別室に入り浸っていたマーリンは、結界を張り直してからは訪れていなかった。
あの状況で普通に入り浸れるのはそれはそれで問題だろうが、マーリンならやりかねないと思う辺り、
の認識も失礼ではある。
「
」
「何?」
少し考え込むような表情でこちらを見ているマーリンをひたりと見据える。
「君は…満足しているかい?……もし、手を引いたのが僕だったら…君は」
問いを理解したと同時に
は小さく微笑う。
「マーリン、貴方は、手を引くんじゃなくて、拐かすんでしょう?」
その言葉にきょとんと目を見開いたマーリンは、敵わないな、と肩をすくめた。
も少し考える素振りをした後、緩く首を振る。
「まあ、そんな事されてたら、貴方の土手っ腹に穴くらいは開いてたでしょうね」
「君も容赦ないなぁ、ほんと」
「当たり前でしょう、勝手にそんな事されたら怒るわ。あのね、マーリン、私と貴方は違うのよ、良くも悪くもね」
言いながらそっと手を伸ばした
は、マーリンの頬をするりと撫でた。
「貴方と私では、格が違う。英霊として召喚される資質は私にはない。今を生きる者としてしか存在はできないの」
「…そうだね」
「貴方と共に行けば…苦しむ事はないのかもしれないけど、私はここだから生きられる」
苦笑しているマーリンに、目を細めて
は続ける。
「貴方が見たいのは、人が紡ぐ世界の結果でしょう。導き方に問題はあるとして」
悪戯っぽく口角を上げれば、マーリンは少し目を見開いた。
その頬をふにっと摘んでやれば、いたたた、とたいして痛くもなさそうな声を漏らす。
「…そんなだから、ろくでなしとか言われるのよ、貴方」
「酷いなぁ」
くすくすと笑うマーリンからぱっと手を離して、
は溜め息を吐いた。
そして、つい右耳に伸びる手に気付いて、誤魔化すように手を振る。
「あの人は、私が私である為に選択肢を与えてくれた」
「…確かに君の本質をよく理解しているよ」
「引きずり込まれた感じはあるけどね」
は少し俯いて自嘲気味に微笑う。
「…時間が交わらない事はわかってる。でも、私はあの手を取った。だから今更貴方の手を選ぶ事はできない…いえ、しないわ」
「君は…幸せ、かい?」
「そうね、自分でも驚くほど、心に余裕ができてるのよ。少し力を抜いて周りを見れるようになった。後悔はしてない。こんな言い方、怒られそうだけれど」
顔を上げて、マーリンを真っ直ぐ見れば、微笑みを浮かべていた。
『――』
ざわりと風が騒ぐ。
どこかほっとするその感覚に首を巡らせた
に、マーリンも空を仰いだ。
「おや、お迎えが来たかな」
「死ぬみたいな言い方しないで」
「君の意識がうつろっているのに気付いたんだろう、ここまでだね」
途端に揺らぎ出す景色に、
はマーリンに視線を戻す。
「…ねぇ、マーリン」
「なんだい?」
穏やかな声で答えるマーリンに、
は少し躊躇った後、笑みを浮かべる。
「貴方の言う、“ハッピーエンド”に向かえるなら、例え死ぬ事になったとしても…立香達の為なら躊躇わない。その為に私はいるんだと思ってる。あの子達を、最後まで見ててあげてね」
そう告げれば、一気に霞み出した視界の最後に、小さく弧を描いた口元が見えた。
頬に触れる手の感触にゆるりと目を開けると、ひたりと見据えてくる真紅があった。
「…ギル」
「戻ったか」
「ん」
ぼんやりとしたまま頬にあるギルガメッシュの手に手を添えた。
「まだ時間ではないのかしら…」
「後一時間半と言ったところだ」
「そう」
なんとか返事をしながらも、いまだ睡魔は抜けきらず、休息を求める体に抗えない。
耳元でちゃりっと鳴った音に、安堵の息を漏らして
は目を閉じる。
「ちゃんと…戻るわ…、私の、居場所は…」
言い切る前に、すぅっと眠りに落ちて行った
の手が、するりとギルガメッシュの手から離れる。
「…あやつめ…余計な事を」
マーリンの気配と
の言葉に、何があったかをなんとなく察したギルガメッシュは小さく舌打ちし、ピアスへと手を伸ばすと握りしめた。
淡い光を発したのを確認して手を離し、
の額にかかった髪を払う。
身をかがめて口付けを一つ額に落とし、目尻をなぞった後、唇に己のそれを重ねた。
そっと注がれた魔力が呼び水のように広がり、ふっと息を吐いた
からじわりと魔力が滲む。
体を離し、髪を撫でた後、もう一度頬へと手を滑らす。
小さな寝息を立てる
に少し目を細め、ギルガメッシュは静かに姿を消した。
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