謁見の合間を縫って、普段は立ち入る事のない侍女が入って来たかと思うと、頭を垂れる。
「申し訳ありません、至急、王にお伝えしたい事が」
「何事か」
怪訝な顔で問えば、恐る恐ると言うように口を開いた。
「様が外に出られて、その、ご様子が…」
ギルガメッシュの眼光に身をすくめながら、侍女はなんとか言葉にする。
「外に出ておるのは、いつもの事であろう」
言いながら外へ視線をやれば、珍しく空から落ちる恵みに、ギルガメッシュは一瞬口をつぐむ。
「お風邪を召されては、とお声掛けをしたのですが、私どもの声は、耳に届いていらっしゃらないようで…」
再度、申し訳ございません、と口にする侍女に小さく息を吐いたギルガメッシュは立ち上がった。
気配を辿れば、の自室に近い中庭にその姿はあった。
濡れる事も厭わず、じっと天を仰ぐその瞳はどこかぼんやりとしている。
だが、ギルガメッシュはそれよりもの足元から地面に広がる魔力に眉をひそめた。
「それ以上近寄るでないぞ」
心配そうに付いて来ていた侍女に言い置くと、ギルガメッシュは外に一歩踏み出す。
ざわりと這い上がる魔力は決して心地良いものではない。
慣れ親しんだ魔力と言うより、淀んだそれは、何年もかけて深層に蓄積された純度の高い闇。
恐らく、自身も手を付けられず、無意識に身の内に潜ませていたもの。
まるで、雨に浄化されているかのような光景だ。
異様な雰囲気を察知したのか、侍女が声を掛けるにとどめたのは正しい判断だっただろう。
「」
名を呼ぶが反応はなく、顔を流れる雨がまるで泣いているように見えた。
じわじわと侵食されている地を踏み、に近付く。
手を伸ばし、腕を掴めば、びくりと体を震わせたの目がギルガメッシュを捉えた。
「っ、ギル?あら?」
状況がわかっていないのか、辺りをきょろりと見回して、は目をしばたたかせている。
水分を飛ばすように、ふるりと軽く頭が振られ、小さくくしゃみをしたに険しい表情を浮かべたギルガメッシュは、びしょ濡れのその体を抱き上げた。
「湯の準備をせよ」
「既にご用意しております」
打てば響くように返って来た言葉に、すっと口角を上げたギルガメッシュはを屋内へと戻す。
畏まった侍女の前でを下ろし、連れて行くよう促すと、戸惑ったような目でが見上げて来た。
「え?あ、先にギルを…」
濡れているのはギルガメッシュも同じで、王より先は、と断ろうとするに目を細める。
「さっさと行かぬなら、共に入る事になるぞ」
その言葉を聞くなり、ざっと顔色を悪くしたは慌てたようにギルガメッシュから距離を取る。
「謹んでお先にいただきます!」
「あっ、様、お待ちを!そちらではございません!」
一刻も早くその場を離れようと歩き出したを、慌てた侍女が追う。
やれやれと息を吐いて、視線を外へと戻したギルガメッシュは、地面に広がる魔力の残滓を眺めた。
の意識が戻った途端、流出は止まったものの、溢れたものは戻りはしない。
(あれは気付かなかったようだな。さて、どうする…)
の魔力を吸い、騒めく地に耐性の無い者が踏み入れば、どうなるか。
しばしそこを眺めて、まだ止む様子のない雨に、このまま流れるだろうと判断する。
供給元を断たれた闇が残れるほど、ウルクの地は弱くはない。
「明日、太陽が昇るまでは、この庭に立ち入る事を禁ずる」
呼び付けた兵に告げ、ギルガメッシュは踵を返した。
壁に寄りかかり、明るくなってきてはいるが、まだ小雨の降る外を眺めているの後ろ姿にギルガメッシュは息を吐く。
「何がそんなに興味を引く」
天の恵みと言えど、たかが雨。
呆れたように言いつつ、横に立ち、と同じ景色を眺めたギルガメッシュは不思議に思う。
「…初めてだったのよ」
ぽつりと呟かれた言葉に首を傾げれば、軽く目を伏せたが苦笑する。
「あんな風に雨に打たれるのが」
穏やかな、けれど、どこか暗い色を含んだ声音に、ギルガメッシュは眉をひそめた。
「隔るガラスを冷やす雨とは、まったく違うものだったわ」
ふふっと微笑ったは、雨を受けるように外へ手を伸ばす。
その手を横から掴んで引き寄せると、少し驚いたように見てくるが、大人しく腕の中に収まった。
「だからと言って、自失する奴がおるか」
「…ごめんなさい」
呆れたように言えば、小さな謝罪が聞こえてくる。
まだ少し湿気っている髪を撫でれば、もぞりと動いたの視線はまた外へと向かう。
ぺたりと寄り添いながら、空から零れる水を映すその瞳に憂いはもうなかった。