窓を叩く雨音が強くなった気がして、本を読んでいたはふと顔を上げる。
(…予報通り、まだまだ止まなさそう)
電車も止まりそうだと言う事で、早目に帰宅するよう、追い出されるようにして帰ったのだった。
風見さんの表情から、苦渋の決断だったのは想像に難くない。
その様子を思い返して、は小さく微笑う。
明日の仕事を考えれば、少し憂鬱にもなるが、久々に取れたゆっくりした時間を満喫しようと、が本に視線を戻そうとした時、ポンッと音がして、スマホがメールの着信を告げる。
「ん?」
手に取れば、それは降谷からで、帰りに寄る、と言うものだった。
どうやら、ポアロも今日は早く閉める事になったらしい。
承知した旨を返信して、多少部屋の掃除をするかと立ち上がった。
雨足の強くなった外の様子に、思わずスマホを確認する。
この天気では、真っ直ぐ帰宅した方が良いのではと思うのだが、予定変更の連絡はない。
もう一度、外へ視線を向けて、は少し眉をひそめた。
これでは車から家までの間だけでもひとたまりもないだろう。
(まさかこんな日に傘を持ってないとかそれはない…よね…)
首を振ってその思考を消しつつも、なんとなくフェイスタオルではなくバスタオルを手にとって、玄関に向かう。
靴箱の上にそれを置こうとした瞬間、チャイムが鳴って、は肩を跳ねさせた。
想定していた到着時間より早いそれに、慌ててスコープを覗こうとするが、鍵の差し込まれる音がして、その場を一歩下がる。
「お疲れさ…」
扉を開けたその人に、声をかけようとしたは目を見開く。
「ただいま」
「何してるんです!」
柔らかなミルクティー色の髪は、顔に貼り付き、毛先からはポタポタと水が垂れている。
手にしていたバスタオルを咄嗟に広げて、降谷の頭からばさりと被せた。
「わぷっ」
「なんでびしょ濡れなんですか!?傘は!?」
「いや、結構横殴りで差してもあんまり意味がないなと」
「なくはないでしょう!」
もう! と怒り半分呆れ半分にが眉根を寄せると、苦笑いされる。
少し待つよう言って、は新たなタオル取りに洗面所へと向かう。
ついでに、風呂の追い炊きスイッチを押し、タオルとハンガーを手に玄関へ戻った。
「上着を。一旦、玄関で干します」
頭を拭いていた降谷から上着を引き取り、ハンガーにかけたはそれを扉の取っ手に掛ける。
「ひとまず、ここで足は拭いてください。で、お風呂へ」
タオルを床に引き、やれやれと首を振ったは、降谷に有無を言わせず、風呂場へと促した。
夕食後、片付けはするからとキッチンを追い出され、それならと濡れていた衣服の洗濯と、玄関に乾かしていた降谷の上着の乾燥をしていたが戻ると、キッチンに降谷の姿はなかった。
視線を巡らせれば、ソファの肘掛けから溢れる色素の薄い髪。
「ん?」
そっと近付いて見れば、気配に気付いた降谷が見上げて来た。
ごろりと転がって寛いでいる降谷に、は苦笑する。
「いいえ…」
はぁ、と溜め息を吐いて、諦めたように首を振った。
(まあ、こうなるわよね…)
完全に居座る気満々な様子に、知ってた、とは肩をすくめる。
起き上がった降谷がぽんぽんと隣を叩くので、大人しく座れば、すぐさま降谷の頭が膝に乗った。
「…えぇと?」
「嫌?」
聞き返されて、何とも言えない顔になったに降谷がくすくすと笑う。
居た堪れなくなったは、そっと降谷の目を片手で塞いだ。
「…まさかこんなに入り浸られるとは」
思わず呟いたは溜め息を吐く。
気の抜ける場所になっているのは良いのだが、訪問頻度が上がっている気がするのは気のせいではないだろう。
「だから、言ったじゃないか、ただいまって」
楽しげに言って、腹に顔を寄せる降谷にはもう一度溜め息を吐いた。
それが諦めたものではなく、嫌だとは思っていない自分自身に対してだと、きっと降谷には気付かれているだろう。
最近、降谷の行動も読めるようにはなってきたが、それを上回る事をやってのけるのが降谷だ。
「?」
笑みを含んだ声で名を呼ばれるが、は応えずに、空いた手で降谷の髪を梳いた。