ある談話室に足を踏み入れた途端、差し出される杯を見て、は眉尻を下げる。
それを持つ人物を見れば、少々厄介な相手。
「いや、私は…」
断ろうとするに、小さな唇が弧を描いた。
「うちはお酒やけど、そふとどりんく?とか言う、茨木の好みそうな甘い飲み物があったやろ。それなら少し付き合ってくれてもえぇんちゃう?」
引く様子のない酒呑童子に、小さく息を吐いたは渋々頷いた。
一体その華奢な体のどこに入っていくのか。
も酒呑童子の手で注がれた杯を何度か空けてはいるが、そう量を飲めるものでもない。
少しずつ容量を減らして行くとは対照的に、酒呑童子はどんどんと杯を空けていく。
最初は確か、他愛も無い話をしていたはずで、ふと会話が途切れたのを切っ掛けに、酒呑童子が小首を傾げた。
「ずぅっと気になってたんやけど、もしぜーんぶ、何もかんも終わって旦那さんに、もう要らん、って言われたら、どないしはるん?」
酒呑童子の言葉に、何度か瞬きをしたが目を細める。
「そんな簡単な事…そうなったら、消えるだけよ。私の生きる意味はなくなるもの」
小さく笑って言うに、酒呑童子は目を丸くした。
「なんや、えらいあっさりしてるんやね」
「相手はかのギルガメッシュ王なのよ?選べる立場にいる人だもの。そう言う事態を考えるのは普通じゃない?それに、全てが終わったと言う事は、私が見守るべきあの子達も自由になると言う事でしょう?」
「そうは言うたかて、生きて愛されたいのが人間ってもんやろ?」
何故鬼に人としての感情を諭されているのか。
おかしくなったはくすくすと笑う。
「引き止めるすべは私には無いもの。今の私にとって、存在意義はあの人であり、所有者。これ以上を望む事はないわ。あの人が要らないと言うなら、それまでよ」
「ほんなら、その時はうちが食ろうてもえぇ言う事やねぇ」
小さな手が妖艶に揺らめき、の頬をなぞる。
少し目を見開いたは、ふっと微笑った。
「…そうね、後腐れなく、消えてしまう方が良いのかも」
「楽しみやわぁ…血肉の一欠片も残しはせぇへんから安心してな」
「それ、安心するところかしら」
ふよふよと機嫌良さげに言う酒呑童子に、が苦笑しながら、すっと杯を空けて静かに机に置いた。
「まあでも、その時は……。あら?」
徐々にぼんやりとしだす意識には頭を振る。
「…もしかして」
が少し眉をひそめれば、酒呑童子の口角が吊り上がるのが見えた。
机に突っ伏すの細い肩がゆっくりと上下している。
傍らには、空になった杯。
向かいに座る小さき鬼は、満足げな顔でそれを眺めていた。
「貴様、これに何をした」
「人聞きが悪いわぁ、少し相伴に預かっただけの事。まあ、酒が混ざってるのは気ぃ付いてへんかったみたいやけど。口を軽くするにはしゃあないやろ?」
殺気とも言える怒気を滲ませるギルガメッシュに、酒呑童子はにんまりと笑みを浮かべる。
「あんたはんが下拵えをしてくれてるさかい、どんどん御馳走になっていくねぇ」
言いながら、酒呑童子の細い指がするりとの髪を梳いた。
血はどれほど甘いのか。
肉はどれほど芳醇な匂いを放つのか。
牙を突き立てるその瞬間を考えるだけで恍惚の表情を浮かべてしまう。
そんな酒呑童子に不愉快極まりない顔をしたギルガメッシュは、引き離すようにを抱き上げる。
「これを食らうのは我だ。貴様が食う余地はない」
「…まあ、そう言う事にしとこか。その子も覚悟はしてるみたいやし、飽きたらすぐにでも言うてな?うちはいつでも大歓迎や」
目を細め、口角をゆるりと上げた酒呑童子に冷えた視線を向けて、ギルガメッシュが口を開く。
「待つだけ無駄だ。他を当たれ」
「そないな御馳走、そうそう在らへんのによう言いはるわ」
「自分で育てればよかろう」
ギルガメッシュの言葉に、一瞬目を丸くした酒呑童子はころころと笑う。
「鬼相手にそれはないわぁ。うちらは奪う存在や、育てるやなんて」
「横から手出ししようものなら容赦はせんぞ」
「あぁ、怖い怖い。ほな、そろそろ私も退散しよか」
酒瓶片手に立ち上がった酒呑童子は、少しふらつくがそれもすぐに治り、にたりと口元に弧を描いて、ギルガメッシュの横をすり抜けて部屋を出て行った。