Gintama



ぽた、ぽた、と液体の落ちる音。
自分の荒い呼吸。
それ以外は何も聞こえない、耳が痛くなるような静寂。

ゆっくりと目を開けるとそこは何もない、いや、何かはあったであろう焼け野原。
感慨もなくそれを眺め、ふと視線を下に落とせば血溜まりと化していた。
手にした刀は血と脂で曇り、身に付けた衣服、装束も血塗れだ。
垂れる赤は、自分の物か、他人の物か。
酷く重い体から想像すると前者だが、血の量を考えれば立ってなどいられない事から後者だろうか。

ふぅ、と息を吐いたところで、ようやく体を動かす気になる。
少し前屈みになっていた姿勢を戻して辺りを見回す。
やはりどこまでも、何もない地平が広がっている。

「またそんな格好になってんのか、てめぇは」

背後から聞こえてきた声。
しかも、聞き覚えの、聞き馴染みのある声。
確かに先程までは自分一人のはずだった。
思わず振り返ればそこにいるのはやはり知った顔で。

「…晋助?」
「あ゛?他の誰に見えんだよ」

確認するように名を口にすると怪訝な顔をされる。

「銀時はどうした」
「……銀?」
「一緒じゃねぇのか。見とけっつったのに」

役に立たねぇな、と舌打ちする高杉には急に理解する。

「あぁ…なるほど」

これは夢だ。
なんせ、目の前に立つ高杉の服装は鬼兵隊時代の物。
顔も当時のまま、歳を重ねた様子はない。

一対の目が、こちらを見ている。

その事に何故か泣きたくなって、そっと視線を外した。

「……ねぇ、晋助。貴方は――」
「立ち止まってる暇はねぇ。帰るぞ」

くるりと踵を返して歩き出すその背を追うべきなのだろうか。
少し逡巡していると高杉が首だけで振り向く。

「…期待してんぞ、黒狻猊」
「っ!」


ぞわりと背筋を走った悪寒に、はっと息を吐き出せば、そこは暗い部屋へと変わっていた。

見慣れた天井。
外から聞こえる騒めき。
室内に自分以外の気配はない。
小さく息を吐いて起き上がる。
本人ではない、夢の中の彼にいったい何を聞こうとしたのだろうか。

手を見下ろせば、ただ白いだけで赤はどこにもない。
刀を握る以上、どうやっても手は汚れる。
手を洗いたくなる強迫観念はないが、常に血の臭いがまとわりついている感覚には辟易してしまう。
今更、染み付いた臭いがとれるはずもないのに。
自分は今も昔も、どこまで行っても人斬りで、対象が何であるかしか違いはない。
けれど、今となっては自分とは違う闇を纏う高杉には到底ついて行けそうにない。

立ち上がって着崩れた夜着を直し、上着を羽織ったは自室を出た。
食堂に足を向け、厨房に入るとグラスに水を汲む。
一気に煽るとシンクの縁に手を付いて深く息を吐いた。

床板を踏む音と気配に、少し顔を上げれば土方が入ってくるところだった。

「ん?なんだ、お前か。新年早々ひでぇ面だな、初夢に悪夢でも見たか?」

部屋に引っ込んでいたはずのの姿に、揶揄うように言って土方がにやっと笑う。
厨房に何用かと見ていれば、どうやら酒が足りなくなったらしくさっさと冷蔵庫へと向かう。

「…初夢は元日の夜以降に見る夢ですよ」

遅れて土方に返しながらはシンクにもたれ、未だわいわいと賑わっている広間の方に視線を向けて小さく息を吐く。
宴もたけなわ、と言った状態が延々と続いているのだろう。
初詣のピークを過ぎるまで夜回りをしてからの開始だったにも関わらず、元気なものだ。
心底、早々に離脱して良かったと思う。
酒の詰まった冷蔵庫を漁る土方を眺めながら、しばらくの沈黙の後、は静かに問う。

「土方さんはなんでこんな血生臭い女をここに置く気になったんです?」

知らなかったとは言え、元攘夷志士を抱えるに足る理由はなんだったのだろう。
まして、こんな男所帯に女を入れる危うさはわかっているはずだ。
女だと舐めてかかる者もいれば、下世話な想像をする馬鹿もいる。
どちらにせよ、叩きのめすだけだが。
それだけの力を持つ自負はある。

「あ゛?」

藪から棒な質問に、顔だけ振り返って怪訝な表情をした土方は、紫煙を吐き出して少し首を傾げつつも冷蔵庫へ視線を戻しながら口を開く。

「女かどうかは問題じゃねぇ。てめぇの刀の腕を買っただけだ。それにここじゃ血の臭いなんざかぎ慣れちまってわかんねぇよ」

何の躊躇いもなくあっさりと返ってきた言葉に、は少し目を見開いた。
なんだか気が抜けてしまって、思わず、ふふっと笑いが零れる。

今も昔も、戦力として必要とされている。

大人しくなんて過ごせない自分にとって、それはきっと幸せな事だ。
自分で納得してここに身を置いた。
それは誰が何と言おうが揺るがない事実だ。
選び、選ばれたのだから何を迷う事があるのだろう。
少なくとも、ここは共に堕ちる人間はいない。

はぁ、と自分に向かって呆れた様に溜め息を吐き、土方の後ろから冷蔵庫を覗く。
すでに誰か持って行っていたのだろう。
最後の記憶よりも中身が減っている。

「……ここのお酒、新春用でもあるんですから、程々にしないと本当に足りなくなりますよ」
「ん?まあいざとなれば誰か買いにやりゃ良いだろ」
「私は行きませんからね?」

眉根を寄せて言えば、いくつか見繕って満足したのか、酒瓶片手に土方が立ち上がった。

「年越しで騒いだ後は、年明けでまた騒がしくなるんだ。休めそうなら寝直しとけ」
「…そうします」

肩をすくめてやれやれと首を振れば、頭をぽんぽんと撫でられては驚きに目をしばたたかせる。
ふらふらと広間に戻って行く背を見送って、乱れた髪を手櫛で直した。

「酔ってるわね」

きっと今の会話すら覚えていないのではないか。

「…副長であれじゃ、何人が使い物になるんだか」

明日の惨状はあまり考えたくないが、ひとまず戻ろうと厨房を出る。
まさかと思うが、明日は自分一人で全てをこなす事になるのではなかろうかと言う疑念も湧くが、そうなったら容赦なく対応させてもらおうと口角を上げる。
都合よく使われる気は一切ない。
当てにするのは大きな間違いだったと気付くのはいつだろうか。
二日酔いの人間を働かせるのは慣れている。
どこに行っても、やはりやる事は変わらないのだ。

廊下を行きながら、ふっと息を吐けば現れる白。
指先を少し擦り合わせて眺めた東の空はまだ暗い。