「っ!?」
視界の端を掠めた黒髪に既視感を覚えて、銀時は少し目を見開いて振り返る。
そこには、驚いた顔で同じように振り返っている人物が佇んでいた。
「…銀時?」
「
?」
少し高い位置で結わえられた黒髪を揺らして、体ごと向き直った
は、放心したように立ち尽くしている銀時にゆるりと目を細めた。
「相変わらずの間抜け面ね」
「な、おい、言うに事欠いてなんつーことを!」
つい抗議の声をあげてしまってから、銀時は咳払いを一つ。
「そういうてめーこそ、相変わらず…いや、元気そうで何より」
改めての言葉に少し目を見開いた後、
はふっと口角を上げる。
「そっちもね」
鬼兵隊が散り散りになり、久方ぶりに再会した戦友は穏やかな顔をしていた。
その事に、少しほっとしながら、視線をやれば、それなりに大きなスーパーの袋が目に留まる。
「えらくまた大荷物だな」
「あぁ、これ?今いる職場が大所帯でね。普段は届けてもらうんだけど、今日はどうしても必要ものがあって。そっちは今どうしてるの?」
「あー…万事屋…何でも屋やってる」
視線を泳がして頭をかく銀時に、状況を察して
は苦笑した。
「だいぶお暇なようね」
「うるせー」
ばつが悪そうに言えば、
は少し考えるように首を傾げる。
「今手はあいてますか?何でも屋さん」
「あ?」
「追加で買いたい物があるんだけど、これじゃちょっときついから諦めようかと思ってたの。荷物持ちをお願いしたいなぁ」
にっこり微笑んで言えば、一瞬面倒くさそうな顔をしたものの、頭をかいて銀時は、是、と請け負った。
「てめぇ…聞いてねぇぞ…何キロあんのこれ…」
「はいはい、弱音吐かない、もう着くから」
米を担いで息も絶え絶えに
の後を付いて歩いていた銀時は、足を止めた
の先を見て、目を見開く。
「おいおい、まさか職場って」
「後見人からの紹介でね。女中っていうより、炊事担当ってとこかしら」
あんぐりと口をあけている銀時を手招いて、裏へと回る。
若干表情を引きつらせながら、銀時は『真選組』と言う文字を横目に門をくぐった。
「すみません、おタキさん、遅くなりました」
「はいはい、お帰り」
炊事場へ繋がる勝手口を開けて、声をかければ、快活な返事が返ってくる。
「お疲れ様、すまないね、重かっただろ?っと、おや」
床に米を下ろして、疲労感に大きく息をついた銀時の上から声がかかる。
視線を上げれば、目を丸くして見てくる50代半ば程と思われる女性がいた。
「なんだい、
さん、いつのまにいい人ができたんだい?」
「へ?あぁ、違いますよ」
ぞうりを脱ぎ、買い物袋を机の上に置こうとしていた
が首だけ振り返りながら苦笑する。
「古い知り合いに久々に会ったら、何でも屋やってるって言うんで荷物持ちを」
「あら、そうだったのかい、ご苦労さんだね」
はぁ、と頭をかけば、おタキの後ろから
が声をかける。
「そういえば、代金おいくら?」
「へ?あー、いや、いい。昔の好だ、初回特別無料のお試しって事で」
「…そんなことやってるからお金ないのでは?」
呆れたように言う
に、銀時は口元を引きつらせる。
「お前ね、好意は好意として受け取っとけって」
「はいはい。じゃあ、これ。残り物で悪いけど」
いつの間に用意したのか、布に包まれた四角ものをひょいと渡されて銀時は目を丸くする。
「どうせお酒とか甘味ばっかりで、ろくなもの食べてないんでしょう?」
「あー…さんきゅ」
受け取った感触からして、恐らくタッパーに詰められた食物。
「ま、気が向いたらまた何か依頼するわ」
「おー」
ひらりと手を振って、弁当片手に銀時は外へと出た。
「多串君よー、あいつなんで飯炊きなんかやってんの?」
「あ?」
「
だよ、
」
「
?…あぁ、
か。ありゃ松平のとっつぁんの紹介だ。経緯は詳しくはしらねぇ。ってか、なんでてめぇが
の事知ってんだよ」
酒の入ったグラスを振りながら言う銀時に、土方は怪訝な顔をする。
「昔なじみと再会したと思いきや、職場がおたくでびっくりしてるんですー銀さんはー。つーか、完全に役職違いじゃねぇ?あいつが大人しく包丁握ってるとか怖すぎるんだけど」
「…どういう意味だ?」
そこまできて銀時は、あ、やべ言ってないやつだこれ、と言う顔をする。
「いや、うん――知らない方が幸せな事も」
「言え」
半眼で詰め寄られて、銀時は冷や汗を流しながら、ごくりと息を呑んだ。
「
」
名を呼ばれて、顔を上げた
は、声の主を捕らえて目を瞬かせる。
普段食事時以外に現れる事のないその人に、驚きを隠さずに口を開く。
「副長?どうされました?」
お昼はまだですけど、と続ければ、違うと眉根を寄せられる。
「確認してぇことがある。ついて来い」
「はぁ…」
たすき掛けにしていた袖を直しながら、おタキに目配せして、
は土方の後に続いた。
「…あの、確認したいこと、とは」
土方の向かっている先は、道場。
それに気付いて、
は感情を押しとどめて口を開く。
「お前、刀扱えるって本当か?」
「…何故です?」
嫌そうに目を細め、
は質問を質問で返した。
「刀を使える人材を、飯炊きだけさせるのは役不足だからな」
「私がその仕事を望んでいない場合は?」
「…うちはいつでも人手不足で、猫の手でも借りてぇんだ。常時とは言わねぇが、臨時の際、使えるか使えねぇかだけでもわかってるに越した事はねぇ」
有無を言わさぬ空気のまま、道場へと到着した二人を、場内にいた隊員が何事かと振り返る。
かけてあった木刀を1本、手にした土方に、更にざわついた。
「相手は誰でもいい、とりあえず模擬試合でもやってくれ」
差し出された木刀を見て、すいっと顔をあげた
が土方に問う。
「ちなみにその情報は誰から?」
「あ?万事屋に聞いた」
「…まさか知り合いだったとは」
予想通りの回答に
は、すっと冷えた笑みを浮かべた。
ざわりと空気が変わった
に、土方は一瞬言葉を失う。
「対戦相手、自分で選ばせていただけるんですね?」
「あ、あぁ…適当に――」
選べ、と言おうとした土方の目の前で、
は携帯電話を取り出す。
「――もしもし?10分以内に屯所へ来い。来なかったら…わかってるわね?」
地の底を這うような、冷たい色を乗せた声が静まり返った道場に響いた。
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