「今年は少し静かね」
閑散とした広間を見渡してが呟く。
今年のアニバーサリーは皆、行きたい所へ散ってしまった。
送られてくる写真はどれも楽しげで、それはそれでとても良いのだが、やはりなんだか物足りなく感じてしまう。
「皆と祝えないのは残念」
「喧しいより良い」
「あら、賑やかなのが嫌いなわけじゃないくせに」
くすくす笑うの髪を梳いて、ギルガメッシュは眉をひそめる。
「どうせ彼奴らが戻れば、また夏の催しで一気に騒がしくなる」
「それはそうね」
頷いたもののの表情は、相変わらず少し寂しげだ。
それにふむと口元に弧を描いてギルガメッシュが言う。
「我と二人だけなのは不満か?」
「……わかってて聞いてるでしょう?」
ふいっと視線を泳がすの手を掬い上げて、くつくつと微笑いながらその甲に口付けを落とした。
ぴくりと一瞬反応するものの、ぎゅうと手を握り返してくるに機嫌が上向く。
「少し早いが行くか」
「そう言えば、どこに行こうとしてたの?」
「さてな」
答えずに手を引いて歩き出せば小さく息を吐いて、けれど、どこか期待に満ちた顔でも後に続いた。
ちょっとした森を抜け、さくさくと草地を踏んで登り坂を行く。
軽く汗ばみ出した頃、視界がさっと開けた。
「うむ。この辺りならば、ちょうど正面だな」
「良い眺めね」
少し丘のようになったそこは、眼下に城と湖を望める場所だった。
躊躇う事なく地面に腰を下ろすギルガメッシュの隣にも座ろうとすれば、気付いたギルガメッシュが止める。
「待て」
「え?」
「汚れる。確かあれがあったな」
宝物庫に手を突っ込んでガサガサと何かを探していたギルガメッシュが引っ張り出したのは、豪奢な敷布だった。
「自分も地べたに座ったのに…」
「我の衣は目立たんが、貴様のそれでは汚れが目立つだろう」
わざわざそんな、と眉尻を下げるに言えば、己の白いワンピースを見下ろして黙ってしまう。
乾いた岩場ならまだしも、草と土が覆う地面では確かに汚れそうだ。
立ち上がり、布を広げたギルガメッシュは改めてそこに座り直すとの手を引いた。
「! …ありがとう」
ぺたんと横に座ったは、はにかみながら礼を言う。
「む、膝に座らせれば良か――」
「座らないわよ。…ん?」
ギルガメッシュが言い切る前に薄く頬を染めながら即座に返したは、ポケットの端末が震えて新たな着信があった事に気付く。
取り出して見ると気付かぬうちに何通か写真が届いていた。
「アビーからだわ。こっちはニトクリスね。………あら、マーリン」
一通一通確かめていれば、にこやかな笑みを浮かべている花の魔術師が画面に映し出される。
横から覗き込んでいたギルガメッシュはそれに一瞬眉をしかめるが何かに気付いたのか、はっと笑った。
「疑惑、とはまたよく似合っておるではないか」
「え?」
「ラベンダーの花言葉だ」
「そうなの?」
目をしばたたかせて、もう一度画面を見たは小さく苦笑する。
「まあでも、楽しそうで何よりだわ。今から“お遊び”かしらね?」
「盛大に袖にされるのがオチであろうよ」
「…ギル」
呆れたように名を呼ぶに、ギルガメッシュはふんと鼻を鳴らした。
他愛無い話をしている間に眠ってしまったの頭の重みを肩に感じながら、まったりとした時間を過ごしていたギルガメッシュは、ふと瞬きをする。
陽がほぼ落ち、辺りが薄暗くなりだして、少しのざわめきが湖面を渡って届いている。
「」
声をかければ、ふるりと震えた目蓋が持ち上がる。
「………あれ、私寝てた?」
「そろそろ時間だ」
寄り添っていた体が少し離れ、桃色が正面を向いた。
小さく伸びをする目の前で一筋の光が空を駆け上ったかと思うと弾ける。
「っ!わぁ…」
次々と打ち上がる花火には思わず声を漏らした。
肩を引き寄せられ、そのままことりとギルガメッシュに頭を預ける。
「何度見ても、すごい景色ね」
「人を殺さぬ火薬の使い方ではあるな」
「言い方」
もう、とギルガメッシュの足を嗜めるように軽く叩く。
空を飾る光は水面も彩り、眼下の湖に揺れる舟の影が見える。
あれのどれかはマシュ達だろうか、と思っていれば、あっと言う間に花火も終わってしまった。
終わりはいつも唐突で、あれ程大きな音と光が一瞬にして消えてしまうのは、いつも切ない気持ちになる。
後何度、こうして二人で見上げる事ができるのだろう。
そんな事を考えて、思わずギルガメッシュの服の裾を握る。
「? どうした」
すぐに気付いて問うてくるギルガメッシュに、なんでもないと薄く笑って首を振った。
「ん!?」
顎を掬われ、止める間もなく唇を喰まれる。
「ギ、ギル!」
慌てて体を押し、見上げれば、愉しげな真紅があった。
「なんだ、誘ったのかと思ったぞ」
「そんなわけないでしょう!?しかもこんな、っそ、外でっ」
周りに誰もいなくて良かった、と心底思いながら抗議の声をあげるとくつくつと笑われる。
引き寄せられて大人しく腕の中に収まるが、熱を持った頬は治まってくれそうにない。
話を変えようと小さく息を吐く。
「…せんこうはなび、だったかしら。自分で持ってできる物があるんですって」
「ほぉ?」
「……戻ったら、二人でやってみたいわ」
控えめな誘いに目を細めたギルガメッシュはの髪を柔らかく梳く。
「ふむ。では、浴衣でも用意するか」
「ゆかた?」
「そうさな、いつぞやの年明けに着ておった着物のもう少し簡易な物だ」
目を丸くしたは、ギルガメッシュの説明にそれが衣服であると理解して困ったような顔になる。
「え、でも、私は別に…」
「此度、着飾る事を拒否したのだからこれくらい相手せよ」
今回、皆それぞれ自由に過ごす事になった為、特別な衣装は不要だとやんわり断っていたは、ギルガメッシュの言い分に反論できなくなる。
どうしたものかと押し黙るにやれやれと思っていれば、何度か躊躇った後、がそっと窺うように見上げてくる。
「…じゃ、じゃあ、ギルも着て」
「は?」
想定外の言葉に今度はギルガメッシュが目を丸くすると、の視線が泳ぐ。
言わなければ良かった、と思っていそうな様子にギルガメッシュは笑い出す。
「ふははは!何を言い出すかと思えば。良い、わかった、着飾った我に惚れ直すが良い」
「!?」
目を白黒させるを抱いたまま立ち上がり、丘を下りだす。
「早速見繕いに行くぞ」
「え?…え??」
展開の早さに付いて行けず、おろおろするの視界の端で、回収された敷布が金の粒子となって消えて行く。
改めて見たギルガメッシュの顔はひどく楽しげだ。
「ギル…ひとまず、下ろして」
「却下だ」
身動ぎながら進言するも腕の力は増すばかりで、こうなってはもう何も聞き入れては貰えない、と早々に諦めて脱力したに、ギルガメッシュはまた笑った。