カタカタと鳴るキーボードの音。
一心不乱に仕事を続ける
に、外から帰ってきた課員や、出て行く課員は、邪魔をしないよう、自席を出入りするにもそっと行動している。
最近は余りの眼精疲労に、ダメ元でブルーライトカット効果のある眼鏡を使ってみているのだが、それがモニターの光を反射して、普段より更に表情がわかりにくいらしい。
しかし、気を遣わせている事に気付きながらも、
は容赦なく作業を進めた。
「
」
「はい」
風見から声をかけられるが、モニターからは視線を外さぬまま返事をして続きを待つ。
「頼みたい事があるんだが…」
「何年何月のどの事件です?こないだの宗教絡みの病院の件ですか?」
生き字引と化している
は頭の中で大体の目処をつけながら確認すれば、風見が一瞬沈黙してから、息を吐いた。
「…いや、違う。悪いが一旦手を止めてくれ…」
「??」
普段ならさらっと指示が出るのに、停止を求められた
は疑問に思いながらも大人しく従って、風見へ視線を向けた。
周りを見渡せば、すでに外は赤くなり始めており、知らぬ間に夕方になっている事に気付く。
「あら?」
「…君と言いあの人と言い、仕事に関しては本当に似た者同士だな」
呆れたような風見の様子に、
は目を丸くした後、肩をすくめる。
「私は命までかけてませんよ…。で、ご依頼は?」
「あぁ…その…だな…」
頭を掻いて言い淀む風見に、
はますます首を傾げる。
「…これを届けるついでに、あの人を休ませて来てくれないか」
「……は??」
差し出された封書と風見を交互に見て、
は目をしばたたかせた。
(…これ、私が怒られたりしない…よねぇ?)
風見から託された封書を持って、待ち合わせ場所に指定されているカフェの前で
は溜め息を吐いた。
風見曰く、風邪で体調を崩しているのが丸分かりなのに、問題ないと押し切って仕事をしている降谷を休ませろ、と言う事らしいのだ。
そんな事できるのだろうか、と
は頭を抱えそうになる。
「…
?」
名を呼ばれて、顔を上げれば、驚いた表情を浮かべた降谷が立っていた。
「…お疲れ様です」
少し引きつった口元でなんとか笑みを形作れば、眉をひそめられた。
しかし、次の瞬間、小さく咳き込んだ降谷に、今度は
が眉間に皺を寄せる。
よく見れば普段より幾分顔が赤く、少し目が潤んでいるようだ。
「失礼」
「っ!
?」
さっと手を伸ばして降谷の首筋に触れ、その温度の高さに更に顔を険しくした
は、降谷の腕をガシッと掴んだ。
先程までの躊躇いなど、すでにどこかへ消えていた。
「…降谷さん、今日は車ですか?」
「え、あぁ、いつもの所にあるが」
「わかりました、後で回収します。これでも免許は持ってますんで」
そのまま降谷の腕を引いて歩き出した
は、通りで目当てのものを探す。
ちょうど良く通りかかったタクシーを止めて、降谷に乗るように促した。
唐突な事に、降谷は困ったような表情を浮かべ、
を見る。
「いや、俺は」
「良いから乗ってください」
有無を言わせぬ威圧感を醸し出している
に押され、降谷は後部座席に乗り込んだ。
行き先を告げる
を横目に、熱いと自覚のある息を吐く。
「風見か」
「その熱なら誰が知っても止めますよ。とりあえず、今日はもう全てキャンセルして休んでいただきます。長引かせたくないでしょう?」
はがさりとビニール袋を鳴らして、スポーツドリンクを取り出し、降谷に渡した。
いくつか食材も入っているようで、準備がいいな、と降谷は苦笑する。
「コンビニも便利になりました。衛生兵としては大変助かります」
微笑いながら言った
は、スポーツドリンクを飲んで喉の痛みに顔をしかめた降谷の首にストールを巻いた。
「自覚があるならもう少し自衛して欲しいですね…。この寒空で体調も良くないのに、なんてマフラーをしてないんですか」
「…家を出た時はなんともなかったんだ」
嘘ばっかり、と呆れたような目で見てくる
から視線を逸らして、巻かれたストールに口元を埋めれば、ふわりと
の香りがして目を見開く。
ふっと表情を緩めてシートに深く座り、目を伏せた降谷に、
は少し不思議そうな顔をするが、眠ると思ったのか何も言わなかった。
「台所お借りします」
ひとまず、着替えて休むよう寝室に降谷を押し込んで、
はキッチンへ向かう。
相変わらず綺麗にしてあるそこに立ち、さて、と腕まくりした。
コンコンコン、と小さくノックをして、カーテンが引かれ、薄暗い部屋にそっと滑り込めば、ベッドの塊がもぞりと動く。
サイドテーブルに置かれたスポーツドリンクの量が減っているのを目視で確認して、少し息を吐いた。
パチリと目を開けた降谷にすまなそうな顔をして、
は近付く。
「すみません、起こしましたね。でも、何か少しでも胃に入れて薬を飲んだ方がいいので。起きれますか?」
ベッドの端に腰を落とし、お盆を膝に乗せて声をかければ、降谷の目が少し悪戯っぽく細められた。
「なんだ、食べさせてくれるんじゃないのか」
「…さっきまで仕事を続けようとしてた人の言葉じゃないですね?元気そうで安心しました」
降谷の軽口に呆れたように言った
は、起きて、と促す。
微笑いながら案外すんなりと起き上がった降谷にお盆に乗った雑炊の器を渡した。
「食べれるだけでいいですよ」
「
の作ったものを残しはしないさ」
「じゃあ頑張って食べてください」
吹き冷ましながら食べ始めた降谷に、やれやれと肩をすくめて、ポケットに入れていたスマホを取り出す。
「風見さんからリスケの連絡です。詳細はまた明日にでも、と」
「あぁ…」
「あ、降谷さん、車のキーお借りできますか?」
思い出したように
が言えば、少しきょとんとした後、降谷はゆるりと首を振った。
「いや、良いさ、自分で取りに行く」
「明日の足はどうするんです」
「どうとでもなるよ」
「……」
こうなってはもう首は縦に振らないだろうと、
は諦めて息を吐く。
はふはふと熱を逃がしながら、時間をかけて、なんとか全て食べ切った降谷は、ごちそうさま、と手を合わせた。
が差し出した白湯で薬を飲み、小さく息を吐いた降谷は、自身のスマホを取る。
それを見ていた
は何か言いかけるが、緩く首を振って、空になった皿を持って部屋を出た。
「はい、そこまでです。もう休んでください」
少しして戻って来た
が言う。
新しいスポーツドリンクのペットボトルをサイドテーブルに置くと、手を伸ばして降谷の額に触れた。
いつもよりひんやりとしたその感触に降谷は目を細める。
「…今、体温計はやめておきますね。見てしまうと余計しんどくなる事もありますから」
「そうしよう」
ベッドに横になった降谷は、はぁ、と相変わらず熱い息を吐いた。
苦笑しながら、寒くないか様子を見て、布団を整えた
は立ち上がる。
「リビングに居させて貰います。様子は見にきますけど、何かあったら遠慮なく呼んでください」
「あぁ」
するりと離れる
の気配に、少し寂しさを感じながら降谷を目を閉じた。
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